引き算の設計

その家には、いわゆる「玄関ホール」がなかった。
扉を開けた瞬間、目の前に広がるのはひと続きの空間。
まるでワンルームのような、小さくて、潔い間取り。

寝室は、マットレスを一枚敷けるだけの広さ。

廊下も、納戸も、仕切りも、あらゆる「当たり前」を一つずつ手放していったら、
そこにはむしろ、豊かさが残った。

「これはこうあるべき」という声に囲まれた暮らしの中で、
その家は静かに問いかけてくる。

“あなたにとって、本当に必要なものって何ですか?”


この設計を依頼されたとき、最初にお客様からいただいた希望は、ただ一つ。

「なるべく小さく、シンプルに暮らしたい」

日々の生活が自然に流れるように過ごせる場所が欲しい、と。

そこから始まった住まいのかたちは、
「空間をどう増やすか」ではなく
「どこまで減らせるか」という思考に切り替わっていきました。

たとえば玄関ホール。

毎日数秒しか使わないそのスペースに、どれほどの意味があるのか。
使われない廊下や、閉じたままの収納スペースは本当に必要なのか。

家の中の“間”や“距離”がなくなることで、暮らしは不便になるのではなく、
むしろ、心地よい親密さが生まれるのではないかと考えました。

結果としてできあがったのは、
玄関から室内までが緩やかにつながる、シンプルで自由度の高いワンルーム。
必要最小限の壁だけが存在し、空間を邪魔しない。
小さな寝室、コンパクトなキッチン。

すべてが「ちょうどいい」サイズに収まった住まい。

暮らしの余白は、床面積ではなく、
気持ちの中にこそ存在するのだと、教えてくれた家でした。

MINUS DESIGN BLOG

心に残る空間づくり。
自分たちらしく暮らすために、
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そんな問いを一緒に考える、
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